第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
慧「桜太が医者呼んでるけど?」
『それまでの応急処置しとかないとだよ?タオルは冷た過ぎると可哀想だから、ボウルか何かに水道水で···それから小さなビニール袋に少しだけ水を入れた物をふたつ。ハンカチで包んでこの子の脇の下に入れるから』
慧「オッケ。ここに一人で平気か?」
『大丈夫。だってほら?』
そう言って握られたままの手をそっと見せれば、弟くんは、だな?と一言だけ残して部屋を後にした。
こんなに小さいのに、繋いだ手から伝わる体温が熱い。
少しでも早く楽にしてあげたい。
熱がある時って誰だって心細くなるし、不安にもなる。
本当は私なんかじゃなくて、城戸くんが側にいてあげる方がいいんだろうけど···
でもそれだと、病院への連絡とか、タオルとかどこにあるのか私じゃ分からないし。
そうこうしている内に弟くんが戻り、その後すぐに城戸くんがお医者さんを案内しながら部屋へと入って来た。
診察が進められていく様子を部屋の端で見守りながら、ふと今更だけど···と考える。
城戸くんの家って、もしかして凄いんじゃ?と。
だって、ごく一般家庭なら、お医者さんが往診に···なんて、なかなかないよね?
それに御両親が研究施設で働いてるかもとか、城戸くんがウチの学校の超進学クラスにいるとかを考えても、凄いとしか言いようがないって言うか。
私も同じ学校にはいるけど、ウチの場合はお父さんがたまたま幾つかの会社経営をしてるってだけで、本当は他の学校へ進む道もあったんだけど。
いま通ってる高校のネームバリューだけで進路が決められてしまった。
私としては、芸術科があっただけ良かったけど。
本当は城戸くんみたいな普通科に···とか随分説得されたけど、私には到底そんな頭脳はないし、どうしても芸術方面に進みたかったから、そこを受け入れてくれないなら他の学校へ行くってゴネたんだけどね。
それにしても。
世の中分からないなぁ···そんな私と城戸くんが、同じ学校に通ってるとか。
そして。
いまこの状況で、同じ室内にいるのも···何かの縁?
なんて事は、ないか。
偶然が偶然に重なっただけ。
きっとそうだ、そうに違いない。
この時の私は、まだ···この先の展開なんて予想もせずに、ただ···診察が終わるのを眺めていた。