第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
「凄いドキドキしてるみたいだけど、そんなにびっくりした?それとも、そのドキドキは···俺に?」
···聞こえてたぁ!!!
『ち、違うから!』
「なんだ···残念」
またもクスクスと笑いながら先に立ち上がる姿をそっと見上げれば、目の前に差し出される手に視線を移す。
「はい、立てる?」
『···ありがとう』
貸される手に自分の手を重ねれば、なんの力もなくスっと引き上げられて私もすんなりと立ち上がることが出来た。
「ピンク···」
『ピンク···?』
ぽそっと呟かれた言葉をリピートしながら視線を辿って行けば、そこは指定ワイシャツの胸のボタンがひとつ取れてしまっていて···
『···見た?よね?』
胸元を押さえながら言えば、意外とあっさり···
「見た」
そう返されて唖然とした。
「ちょっと待ってて···あった、どうせ見ちゃったし少しくらい追加で見えても大丈夫だよね?」
『まぁ···』
言われてる事の意味が分からず曖昧に返せば、なら平気だと穏やかに微笑んで私の胸元へと手を伸ばして来る。
『ちょ、ちょっと待って?!なにするの?!』
「なにって、このままだと困るだろ?だから、ほら?ボタンくらい俺だって簡単に付けられるからじっとしてて?」
イケメンの男子高校生が···ボタン付け?
しかもそのソーイングセットは私のではなく、この人の鞄から取り出された物で···と言うか、そもそも私はそんな物は持ち歩いてはいないけど。
私ってもしかして···女子力低過ぎる?!
余計な事をグルグルと考えているうちに、あっという間にパチンと音をさせながら小さなハサミで糸の処理をしていた。
『あり···がとう?』
「どういたしまして。さ、早く身支度して?本格的に遅刻しちゃうかもだよ?」
公園にある大きな時計を見上げて、彼は言った。
私も慌ててそこかしこについた砂を叩いてジャケットを羽織り、ネクタイを髪から外して襟元に締め直す。
「まずいな···走ろう!」
『あ、ちょっと?!』
グイッと手を引かれ、自動的に私も走り出す。
名前も知らない、同じ学校の···男の子。
初対面の相手にいろんな醜態をさらした私は、その名前も知らない相手に手を引かれながら必死に走る。
その日はそのままギリギリで校舎に駆け込み、昇降口で名前も告げずに別れた。