第32章 MENUETT ( 夜久衛輔 )
『あの!···もし、良かったら···ですけど···』
妙に遠慮がちなのは、オレが初対面で先輩だからだろうか。
「えっと、うん?」
『もし、良かったら···私の演奏、聞いてて貰えませんか?』
「···ここで?」
そう返せば、城戸さんは小さく頷いた。
『秋のコンクールで、ソロを担当する事になって···練習してるんです。けど···』
「けど?」
『私、本当は緊張しいで···時々誰かに聞いて貰えたらな···って、思ってたんです』
手の中にギュッとフルートを握りしめながら、まっすぐにオレを見る顔は真剣そのもので。
「オレで、よかった···」
気が付けば、そう答えていた。
「あ、でもオレ!音楽の事とかあんま知らないけど平気?練習してるって曲だって、小学校とか中学の時···音楽の授業で聞いた事あるなぁ位にしか···」
情けない位、音楽の事はわからないんだよなぁ···オレ。
『アルルの女』
「え?」
『そう言ったら、分かるかな···って』
アルルの女···アルルの女···アルルの···
「あぁっ!あの曲だ!小学校で感想文書かされたやつ!」
だから聞き覚えがあったんだ!
「あ、でも、曲の感想とかオレには···」
『いいんです、そばにいてくれるだけで。誰もいないのと、誰かがいてくれるのとでは緊張感が違うから···お願い、出来ますか?』
「もちろん!」
それじゃあ···と言って、城戸さんはフルートに口を付けた。
流れてくる曲が、どんな物語を語っているのかオレには分からない。
けど···
緩やかに届くメロディーは、優しくもあり···時々悲しげにも聞こえて。
それが終わった時、思いっきりの拍手を送っていた。
「凄い···こんな間近で聞いたことはなかったけど、フルートってこんな優しい音だったんだなぁ」
『ありがとうございます、えっと···やっくん先輩』
「だから、やっくんってのは···まぁ、いいか!」
それから時間がある限りずっとフルートを聞き続けて、放課後の部活の時も、次の日の昼休みも、またその日の放課後も···彼女の奏でるフルートの音に癒されていた。