第32章 MENUETT ( 夜久衛輔 )
研「ねぇ、ちょっと」
研磨のかけた声で、それまで奏でていた音がピタリと止まって、振り返った彼女がちょっと驚きながら口からフルートを離した。
『孤爪くん?···と、』
「あっ、オレは···研磨と同じ部活の!3年の!」
研「やっくん」
「そう!やっくん!···って、違ーう!」
研「違うの?」
「いや違くないけど!研磨、お前オレの紹介の仕方間違ってね?!」
さすがに初対面の人にいきなりやっくんとか、ないだろ?!
研「クロは···クロだけど?」
「それはクロだからだろ···」
研「でも···やっくんも、おんなじ」
「違うだろ!」
マイペースな研磨に思わずツッコミを入れれば、彼女はクスクスと笑い出した。
『孤爪くんと、仲良しなんですね。先輩と後輩なのに、そういう関係って羨ましいなぁ』
オレ達を交互に見ながら笑う彼女に、思わずお互いに顔を合わせた。
「オレが研磨と?」
研「おれが、やっくんと?」
「「 そうでもない 」」
『息ピッタリ!』
タイミングよく同時に言った言葉に、更に笑われてしまう。
研磨め···
こんな時に息が合うとか!
研「それより、これ」
研磨が持っていたプリントをピラリと翳すと、まるで譜面を読むかのように目を通した。
『委員会開催日時変更···あっ、忘れてた!そう言えばプリントあるから取りに来るようにって言ってた···』
研「そう、それ」
面倒臭そうに研磨が言えば、届けてくれてありがとう···とプリントを受け取りポケットにしまっていく。
研「ちゃんと渡したから···じゃ、おれ行く。やっくん、ごゆっくり···またね」
屋上に吹く風にサラリと髪をなびかせながら研磨が背中を向けて歩き出す。
「おぉ、放課後な」
ドアを抜けて行く研磨の背中に声を掛けて、そこで···気付く。
「ごゆっくりってなに?!」
何オレ一人残されてんだ?!
そわそわと振り返れば、不思議そうな顔をしてオレを見る城戸さんが立っていた。
「えっ···と。練習の続き、するんだよね」
『そう···です、ね』
ほら見ろ研磨!
微妙な空気しか残ってねぇじゃん!
「邪魔しちゃ悪いからさ、オレも教室戻るよ」
じゃあ···と手を上げかければ、それを遮る城戸さんの声がオレを引き止めた。