第26章 冬の温もり ( 牛島 若利 )
その日を境に、その場所で城戸の姿を見ることはなかった。
食堂では姿を見る事はあった。
生徒が同じ時間に、一斉に昼食をとる。
城戸は決まって、窓際の···あの花壇が見える場所で食事をしていたからだ。
何度か声を掛けようとしたが、なぜか毎回声をかけることは出来ず···退屈な時間だけが過ぎて行った。
また季節は変わり、冬休みに入ったある日の練習日。
天「若利ク~ン!ドッキリびっくりなニュース!!」
体育館に向かう途中、天童が騒がしくオレを呼び止めた。
「そんなに大声で呼ばなくてもいいだろう」
天「そんな呑気なコト言ってる場合じゃないヨ!···若利クンの気にしてるあの子!」
「誰の事だ。特に思い当たる人物はいない」
天「あの子ダヨ、あの子!つーちゃんのコト!」
···つーちゃん?
「いったい誰の事だ」
天「なに言っちゃってんの!つーちゃんって言ったら1人しかいないデショ!城戸紡!」
あぁ、城戸の事か。
「お前はいつ、そんな風に呼び合う仲になったんだ?」
天「そんなのどーでもイーヨ!それより大ニュース!大事件ダヨ!!」
普段から天童は、特にたいした事ない出来事を何かと騒ぎ立てる節がある。
だから、という訳ではないが。
また生徒同士のゴシップを聞きつけ騒いでいるのだろう、そう思った。
「それで、今度はなんだ」
天「落ち着いて聞いてヨ?」
「オレはいつでも冷静だと言っているだろう」
天「つーちゃん、イギリス行くんだって」
なんだそんな事か、人騒がせな。
「冬休みだから、旅行くらい誰だって行くだろう」
天「違うって若利クン!留学!何年も帰って来ないヤツ!」
···留学?
花壇の前で、何度か交わした会話の中にそんな事があったな、と思い出す。
「···そうか」
夢は、大人になったら植物の研究をする学者になりたい。
城戸は、そう言っていた。
天「そうか、って。若利クン、いいの?もう会えなくなっちゃうんダヨ??荷物片付けて先生に挨拶終ったら、サヨナラだって!」
「縁があれば、また会えるだろ。行くぞ天童···練習に遅れる」
天「ちょっと!若利クン?!」
まだ騒ぎ続ける天童を置いて、オレは再度歩き出した。
歩きながら、ふと···考える。