第1章 〖 恋よりも、愛よりも 〗人気投票1位記念 城戸 桜太
「実は私、上の階に部屋を取ってるの。だから、その、もし桜太が嫌じゃなければ部屋で話を・・・しない?」
「梓、心を許してくれてるのは嬉しいけど、さすがに女性が1人泊まってる部屋に訪ねるわけには」
「桜太のそういう所、昔と全然変わってない」
寂しげに笑いながら、梓が瞳を揺らす。
「もしかして、俺を誘ってた?」
冗談交じりに言うと、長く伸ばした髪を掻き上げながら、誘われたいの?なんて上目遣いで返してくる。
君のこういう所も、昔から敵わないな。
「・・・わかった。いいよ」
久々に会って、たくさん話したい事もあるんだろう。
それに梓は、外を出歩いてあまり人目に付きたくはないようだ。
俺はソファーから立ち上がり、半歩前を歩き出す梓の後に続く。
2人で乗ったエレベーターが動き出し、俺達は何を話す訳でもなく、ただエレベーターの中で階を上がる事に動く・・・数字を眺めていた。
沈黙が、時間を長く感じさせる。
何か、話した方がいいんだろうか?
でも、何を話せばいいんだろうか?
そんな事を考え込んでいるうちに、エレベーターがゆっくりと止まる。
「着い、ちゃった・・・」
たったひと言だけ言って、梓が先に降りて歩き出す。
俺は、このまま一緒に歩いていいのだろうか。
今更ながら、自制心が抵抗を始める。
「桜太?」
立ち止まる俺を振り返り、この部屋よ?と、梓が微笑んだ。
「随分と高い所まで来ちゃったね?」
そんな言葉しか出てこない自分を、胸の奥で笑う。
「でも、その分だけ・・・眺めは最高よ?」
梓はそう言って笑いながら、ルームキーを回しドアを開けた。
「さ、入って?」
背中を押され、部屋の中へと招き入れられる。
「待った。ドアを全部閉めるのは・・・ダメだろ?」
ドアノブを掴む細い指の上から、俺は手を重ねた。
「仮にも今はそういう関係じゃないのに、密室の部屋に男女が2人きりってのは、賛成出来ないな」
重ねた手の上から、梓が自分の手を更に重ねて来る。
「確かに、そうかも知れない。でも・・・」
言いながら梓はドアを閉めた。
カチャリ・・・と音がして、それが鍵をかけた事だと分かる。
「梓?」