第7章 〖 肌の記憶 〗 人気投票3位記念 城戸 慧太
それだけ、気持ちの向きと深さが違うって事なんだろ。
最後のハサミを入れ終わり、本来はアシスタントにシャンプーを頼むところを、オレ自らがそれをやった。
これで、最後だ。
深月の髪を洗うのは、これが本当に・・・最後。
そのまま流れでヘアメイクまで終わらせ、合わせ鏡をしてラストチェックをさせた。
「凄い・・・私じゃないみたい・・・突然無理言って、ここまでして貰って、ありがとう。ホントはね、髪を切ろうと思った時・・・どこでもよかったの」
鏡を見ながら右に左に出来栄えを喜びながら深月が言う。
「だけど、そんな時にこのお店のホームページを見つけて、慧太の写真やコメントがあって・・・随分迷ったけど・・・押しかけちゃった。でも、会えてよかった・・・」
何も言わずにクロスを解き、セットチェアの向きをクルリと変えると、深月は静かに足を下ろした。
「お疲れ様でした。カルテにチェックを入れますので、こちらでお待ち下さい」
ソファーまで案内して、オレは受付まで足を運ぶ。
アシスタントの作った深月のカルテに目を通し、1箇所だけ訂正をかけた。
担当・・・フリー
その部分だけを、城戸慧太と名前を入れ、次回来店予定を未定、そしてDM不可と記入した。
これで、オレの許可なく案内が送付される事はない。
カルテチェックにオーケーを出すと、アシスタントが深月を呼び、会計を済ませた。
「お客様、本日はご来店ありがとうごさいました」
そう言って店のドアを開け、一緒に外へ出てドアを閉めた。
うちの店では、担当した客をドアの外まで送り出すのがルールになってるからな。
「いつの間に・・・」
外は真っ白な雪がチラチラと降り始めていて、深月はそれを見てコートの襟を立てる。
「おい、足元に気をつけろよ?」
小さく声をかけると深月は嬉しそうな顔を見せた。
「やっと、昔の慧太で話してくれた。さっきまでは別人みたいだったのに」
「当然。オレはこれでも店長代理を務めるカリスマ美容師だからな」
「自分で言わなきゃ、もっとカッコよく決まるのに」
首を竦めて笑う深月は、昔と変わらない笑顔でオレを見た。
ーきゃぁぁぁ!!慧太さぁ~ん!! ー
ー 慧太さ~ん!こっち見て~! ー