第7章 〖 肌の記憶 〗 人気投票3位記念 城戸 慧太
ふとそんな事が頭を過ぎり、意志とは反して、思わず手が止まる。
「慧太・・・進路で悩んでいた頃、この道で天下を取ってやるって、言ってたわよね?」
なかなか次のハサミを入れようとしないオレに、深月が鏡越しにオレを見る。
「プロの仕事を・・・きちんとしなさい」
そのひと言で、モヤつく心に風が吹き抜けた。
「・・・言ってくれる」
ニヤリと笑うと、鏡の向こうで深月が笑っていた。
丁寧に髪を掬い、何度もハサミを入れていく。
ハラリハラリと髪が落ちて行き、それを時々アシスタントが通る度にほうきで履き攫って行った。
髪を切って行く間も、深月はオレの知らない間の話を続け、オレも極稀に相槌を打っていた。
旦那の単身赴任が終わると当時に、上司との無理矢理な関係を終わらせた事。
逆恨みされて、オレやその上司との事を旦那にバラされた事。
そして、それが元でうまくいかなくなり、結果・・・離婚した事。
そんな話を聞きながら、オレは、オレにしか出来ない仕事を続けていた。
「夫と全てが終わって、暫く経った頃、1度だけ街で慧太を見かけて声をかけた事、覚えてる?」
「さぁ?」
「街から離れようと駅まで歩いている時、偶然あなたの姿を見かけて・・・声をかけようとしたら、その横には連れがいて。でも、懐かしかったのと、これから街を離れるっていう寂しさもあって、声をかけたんだけど・・・丁寧な口調で人違いだって言われて、ちょっと悲しかったな・・・」
「どんな連れだった?」
興味本位で、それだけを聞いてみる。
「キレイというか、可愛らしいっていうか・・・私とは似ても似つかない感じの。サラサラの長い髪をした、スレンダーな子、だった・・・そんな事を聞くなんて、とっかえひっかえでもしてたの?」
「まさか・・・オレはいつだって真っ向勝負だ」
軽口をかえしながら、話に出てきたのは桜太と梓ちゃんだなと確信する。
深月には、桜太の存在を話してなかったし、一卵性の双子っていや、見分けもつかねぇだろ。
ただ、思うのは。
オレと桜太の見分けも付かない程、記憶もボヤけてたんだろうっていう、少し寂しい気もする心。
そう言えば、どんなに取り繕っていようが、梓ちゃんはオレと桜太を間違えることがない。