第7章 〖 肌の記憶 〗 人気投票3位記念 城戸 慧太
「結婚・・・するまでずっと、しつこく言い寄られてて・・・それは結婚してからも、だけど。でもあの日、1人の若い子が部屋から出るのを見られてて・・・断れなかった」
タオルドライをする手が、ピクリと止まる。
オレが出て行くのを、見られてたのか。
でも、いくらでも誤魔化せただろ。
それまでだって・・・バレやしなかったんだから。
鏡越しにオレの顔を見て、深月は何度か瞬きをする。
「何もかも聞かれてた・・・会話の全部。この意味、分かるでしょ?」
・・・盗聴か?
「今思えば、少しは疑えばよかった。籍を入れて、まだ住む家さえ決めかねているところにすぐに夫が単身赴任で。そんな時、会社の所有物件だからって言われて、住んでた。後からわかった事だけど、あの部屋は・・・会社のでも何でもない、あの人の所有物だった」
ハナから騙されてたって、そういう事なのか?
「だから、何を言ってもダメで。会話も全て証拠として録音してある、って」
普通に犯罪じゃねぇか、そんなの。
「それから半年、夫が単身赴任から帰ってくるまで・・・ずっと・・・そして夫が帰ってきたら解放されると思ってたら、そんなに甘くはなかった」
「・・・お客様、お決まりになりましたか?」
それ以上、聞きたくないってのもあって。
オレは会話を止めるかのように口を挟んだ。
「これ・・・似合うと思う?ちょっと、イメチェンしたくて」
悲しげに笑って、深月はひとつのヘアスタイルを指さした。
それは、随分と思い切った長さを切らないと出来ないスタイルで、流石にオレでさえ、今の長さの髪にハサミを入れるのを躊躇いそうになるような・・・そんなスタイルだった。
「コチラがご希望ですね?・・・ただいまご用意を致しますので、少々お待ち下さい」
クロスを取り出し、カットする為の準備をしていく。
指先が深月の肌に触れてしまう度、遠い記憶にしまい込んだ熱が、沸き上がりそうになる。
ひと通りの支度を終え、シザーケースから抜いたハサミを構えた。
「サックリ、やっちゃっていいから」
「かしこまりました。では・・・」
髪をひと掬いして、ハサミを当てる。
シャリ・・・と小気味よい音を立て、ハラリと長い髪が落ちていく。
この柔らかな髪も・・・好きだったんだよな。