第7章 〖 肌の記憶 〗 人気投票3位記念 城戸 慧太
ロッカーを開け、手荷物と手から外したアクセサリーや上着、それから帽子などを入れ、代わりにシザーケースを取り出し腰に巻く。
ったく、休みのオレを呼び出すなんざ、どこのセレブマダムだっつーの。
姿見で全身を確認しながら、心で悪態をつく。
おっ?オレサマ今日もなかなかイイ男じゃん?
自画自賛してヤル気スイッチを入れ事務所を出た。
「で、どちらのお客様だ?」
必死に電話をかけてきたスタッフに、こっそり耳打ちする。
ー 今ちょうどシャンプー終わった、アチラの・・・ ー
わかった、と返事をして、その客の所まで足を運ぶ。
「大変お待たせしております。ご指名頂きました城戸です。本日は御来店ありがとうございます」
仕事モードで声を掛けると、ゆっくりと客が顔をあげ視線が絡む。
深月・・・
「ひさ、しぶり・・・慧太」
あの頃何度も見た、濡れた艶髪の・・・深月を目の前にして、オレは動揺を隠せなかった。
なんで、今頃・・・?
今日、いろいろと思い出してたのはコレの前振りか?
ー 失礼します・・・慧太さん、ワゴンの用意出来ました ー
アシスタントの声に気を取り直し、意識を仕事モードに再度切り替える。
「お客様、本日はどのように致しますか?」
あくまでも仕事の顔を剥がさないオレをチラリと見て、深月は困った顔を見せた。
「短く、してもいいかな?って・・・お勧めはある?」
短く?
あれだけ長い髪を気に入ってたのに?
「かしこまりました。それではコチラのヘアカタログをご覧になって見て下さい。お客様にお似合いのスタイルがあるといいのですが」
ワゴンに用意されたカタログを1冊取り、深月に手渡す。
それを1ページずつパラパラと見ている間に、オレはハサミが入れやすいようにタオルドライを始めた。
・・・懐かしい柔らかな髪の感触に、指先が甘く痺れていく。
表情を崩さず、ただ・・・黙って髪にタオルを当てて行く。
「・・・慧太。私の独り言、聞いて?」
鏡越しにオレを見ながら、深月が薄く笑った。
「あの日、鍵を手渡されてから・・・心にポッカリと穴が空いた気分だった。一緒にいたのは、その時の・・・夫の上司で、私もお世話になった人で・・・」
は~ん・・・アレか、よくあるヤツか。