第10章 消えたココロ~アレクサンドリア~
「さあ、入るでおじゃるよ!」
「ブラネ様を待たせてはいけないでごじゃる」
ゾーンとソーンの案内のもと、訪れたのはブラネ女王の私室だった。
薔薇の絨毯が敷かれたそこは、家出の際、ペンダントを頂戴するために一度だけ訪れたことがある。
「お母さま……」
緊張しているのか、ダガーの声は少し震えていた。
ブラネ女王は話を聞いてくれるのか。
そんな不安はあったけど、扇を閉じてこちらに視線を向けたブラネ女王は、拍子抜けするほどにこやかに笑った。
「おお、ガーネット! どこへ行っておったのじゃ、母は夜も眠れん程に心配しておったぞ! さあ、もっと近う寄って顔を見せておくれ」
なんか……本当に拍子抜けだ。
ブラネ女王は理解ある母親のように、口元におだやかな笑みを浮かばせて、こいこいと扇を揺らしている。
私達が心配していたことは杞憂だったのかな……いや違う、これはきっと罠だ。
「お母さま、ひとつお聞きしたいことがあるのですけれども……」
「なんじゃ? 可愛いおまえの聞きたいことなら、なんでも答えてやるぞ」
「あの……、ブルメシアを滅ぼそうとしたという話は本当の話なんでしょうか?」
途端、ブラネ女王の顔にめんどくささが滲んだ。
「なんだ、聞きたいというのは、そんなことなのか?」
一つ、ため息がはかれる。
「それは違うのじゃ、ガーネット。あれは、ブルメシアのネズミたちがアレクサンドリアを滅ぼそうとたくらんでおったのじゃ。だが、この美しきアレクサンドリアをそうやすやすと滅ぼされてはならんじゃろ? だから、そうなる前に先手を打ったのじゃ」
「その話、信じても良いのでしょうか?」
「あたり前ではないか。それとも母の言ってることが信じられぬのか?」
心が揺れる、少しだけ。
『ダガー……』
『大丈夫、わかってるわ』
不安になって声をかけると、ダガーから心強い声が返ってきた。
「わたしには、その話を信じることができません!」
「おお、どうしてなのじゃ? この母の言うことが信じられぬと申すのか?」
ブラネ女王は大きく眉をひそめる。
これも演技なのだろうか。
だとしたら、ブラネ女王は何を企んでいるのだろう。
「ちょっと僕も、そのお芝居に混ぜてもらっていいかな?」
部屋に聞きなれない声が響いた。