第9章 眠らない街~トレノ~
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広い部屋には天井まで届くほどの棚がいくつも並んでいる。
資料室だろうか、部屋の真ん中に置かれたテーブル席の周りを一人の男がうろうろと歩き回っていた。
ぶつぶつと呟かれる言葉の波に『宝珠』『召喚士一族』『珠』といった単語が浮き沈みする。
「トット先生!」
快活な女の子の声が降ってきた。
トット先生と呼ばれた男は動きを止め、俯いていた顔を上げる。
吹き抜け状になった二階から、肩までの黒髪を揺らした幼い女の子が顔をのぞかせていた。
「おお、姫さま……」
男は自分の教え子である姫君、ガーネットの姿を確認すると顔をほころばせた。
「また難しいご本を読んでいたの?」
トットの元まで下りてきたガーネットは、その幼い顔を可愛らしく傾ける。
「ほっほっ……もうここにある本はほとんど読み尽くしてしまいました。ただこういう古い本に囲まれておりますと、考えもまとまりますのでな……」
「ふうん……あたしは難しいご本は苦手だけど……」
「姫さま、御自分のことは“わたくし”ですぞ、高貴な御身分でいらっしゃるのですから……」
話の腰を折られたガーネットは少しムッとすると、くるっと横を向いた。
「はいはい……でも、“わたくし”あのご本は興味深く読ませていただきましたわ。なんともうしましたかしら? え~と……」
「“君の小鳥になりたい”……エイヴォン卿の作ですな?」
「そうそう、それでございますことよ……ってこんな感じでいいのかしら? その、高貴な御身分のしゃべり方って」
ガーネットはそこでいたずらっ子っぽく笑ったので、トットは「……やれやれ」と肩を落とした。