第9章 眠らない街~トレノ~
貴族の建物というのはどうやら水辺周辺に固まっているらしく、より身分の高い貴族家というのは自分の船着場を持っているようだった。
私達が船から降りたのはそんな個人宅の船着場だ。
侵入の手はずは何から何までマーカスがやってくれて、私達はその後をついていくだけ。
いくつか扉をくぐると、物が溢れる倉庫のような場所に辿りついた。
部屋の中程にカウンターが取り付けられているので、お店も兼ねているのかもしれない。
マーカスが顎をしゃくる。
ここを探せと、そういうことらしい。
それにしても……思ったほどきらびやかじゃないんだね。
建物自体は私のような庶民では考えられないほど大きいのだけど、内装は案外質素だ。
その代わりなのかはわからないけど、部屋の中は物で溢れ返っている。
この中から探すとなると骨が折れそうだ。
「本当にこんな所に白金の針はあるのであるか?」
「ブツブツ言わずに探すっス」
その辺りの物に手をつけようとしたマーカスがふいに顔を上げた。
私達がやってきた扉と反対側に上り階段が続いているのだけど、そこから足音がしている。
「ん?」
「(誰か来たっス!)」
物陰に身をひそめるとやがて足音は明瞭なものになり、コツコツとこちらに下りてくる。
「やれやれ、今日のような赤い月の夜こそ良い観測の時だというのに……まさかインクがきれてしまうとは……はてさて……いったいどこにあったやら……」
電気はつけていない。
窓から入る月明かりだけの薄暗闇に、わずかに色のついた影が姿を現した。
背が低く、口が長い。
なんだか珍しいシルエット。
マーカスの腰のあたりがキラリと光った。
鞘から剣を数センチ浮かせている。
「(どうするっスか?)」
「(……!! ちょっと待って!)」
何かに気づいた様子のダガーが、物陰から立ち上がった。
「(姫さま! いけませぬ!)」
近くで見ると、階段から下りてきた人は長いクチバシを持った学者のような容貌の男だった。
けっこう歳もいってる。
「んんん?」
その丸眼鏡の奥の細い目をさらに細くさせて、男はこちらを凝視する。
と、驚いたように見開いた。