第8章 遭遇
窓から流れる景色をしばらくボーッと眺めていた私は、その規則的な揺れにうとうとしていた。
「姫さま……、姫さま……」と呼びかけられるのに気づくと、私の周りにまとっていた、まどろみを誘うふわふわとした空気は霧散する。
身体ごと声のした方へ振り返ると、マーカスがこちらを見下ろしていた。
「……気づいてたんスね? アレクサンドリアがブルメシアに侵攻したこと」
「それはまぁ……スタイナーはニブすぎると思うけどね」
私が笑うと、マーカスはじっとこちらを見詰めてきた。
「なんだか……ちょっと変わったっスね」
「えっ、私? もしかしてしゃべり方?」
ダガーから入れ替わったことを指摘されたのかと少し焦ったけど、そういうことではないらしい。
マーカスは「いろいろ変わったっス」と、どこか拍子の抜けた調子で答えた。
確かにダガーは変わったのかもしれない。
彼女は色々なものへの感情をあまり隠さないようになった。
王女としてあるべきある種のお淑やかさを脱ぎ捨て、ダガーは今、とても生き生きしているように見える。
それでも、元から持っていた品の良さは変わっていないけれど。
ダガーは少し恥ずかしそうに笑うと、『あのね……』と私にあることを提案してきた。
それは私も考えていたことだった。
「ねぇ、マーカス……一つお願いがあるんだけど……」
「なんスか?」
「あのね、私ももう戦闘だってだいぶ慣れたし、足手まといにはならないと思うの……」
「なんのことっス?」
「だからね、トレノで白金の針を探すんでしょ? 私達にも手伝わせてもらえないかな?」
お願いだ、というように両手を合わせながら見つめると、マーカスはぐっと口を引き結び、一つ長いため息を吐き出した。
「しかたがないっスね……ダメって言ってもついて来そうっスし……」
「本当!? ありがとう!」
ダガーとともに『よかった!』と言い合っていると、マーカスが「やっぱり変わったっス」と呆れたようにこぼしていた。
窓の外に再び目を向けると、山脈のなだらかな稜線が遠く霞んで見えた。
山頂の駅からずいぶんと下りてきたらしい。
アレクサンドリア側の麓の駅まで、あともう少しかな。
そんなことを考えていると、今度こそ、私の意識はゆっくりとまどろみの中に溶け込んでいった。