第8章 遭遇
「ごめんなさい、ボーデン駅で揃えたばかりで……お店ってこの近くなの?」
「そうでしたか……ええっと、お店はアレクサンドリア側の駅にあります」
「じゃあ途中まで一緒ね。私達はトレノに向かってるから……それで、そちらの方は?」
ダガーが視線をやると、男は顔を強ばらせた。
何と言おうかと考えを巡らせているようだったけれど、結局男が何か言う前に女の子が先に口を開く。
「それが、びっくりなんですよ! この人、数日前にうちの店の裏に倒れてて、それからお店で面倒みてるんですけどね……それより立ち話もあれですから、座りませんか?」
女の子の提案に、私達はボックス席へ移動する。
私もだいぶ落ち着いてきていた。
さきほどの衝撃から頭がずっとぐるぐるしていたのだけれど、それもだいぶ収まってきた。
斜め前で腰掛けようと肘掛に手をつく男が視界に映る。
その指先には何度も破けては固まってを繰り返したであろう、年季の入った豆がいくつもくっついていた。
私はもう一度、深呼吸をする。
この男に見覚えがあった。
いや、見覚えがあるどころの話じゃない。
まだ地球にいた頃の一般的な朝の記憶。
ダイニングテーブルの定位置にはお父さんが座っていて、お母さんが台所から味噌汁を運んでくる。
そして寝癖がついた頭をボリボリ掻きながら、リビングに入ってくる眠そうなお兄ちゃんを、私が「お兄ちゃん、遅い!!」なんて注意するんだ。
そういえば、お兄ちゃんは寝起きじゃなくてもいつも眠たそうな目をしていた。
懐かしい。
……懐かしいな。
目の前にいるこの人は……私のお兄ちゃんだ。