第8章 遭遇
「“笑止千万! それですべてが丸く納まれば、世の中に不仕合わせなど存在しない!”」
事前に決めておいた合図。
ダガーの誕生日祝いにも披露された劇、“君の小鳥になりたい”の劇中のワンフレーズが聞こえると、ダガーは大きく身じろぎをした。
「スタイナー……もう、大丈夫?」
「はっ!!」
「わかりました……では、あたりに注意を払っておいて下さい」
「はっ!!」
袋から頭を出す。
むわっとこもっていた空気が外気にさらされて、頬を撫でる風が気持ちよかった。
立ち上がって腕を伸ばす。
中身の大部分を失った荷袋はすっかりしぼんでいた。
先ほどまでは人“一人”分を収納していたけれど、ダガーが出てしまうと元々入っていた荷物しか残っていない。
『臭いが服に染みついちゃったね』
私はダガーに声をかける。
実際に声を出したわけではなかった。
今の私は自分の身体を持っていない。
元々この世界の住人ではなかった。
本当だったら、地球の日本で普通の女子学生として生活しているはずで。
それがなんの因果か、兄と喧嘩した夜、公園の池に落ちてこの世界にやってきてしまったのだ。
この世界に来た際に死んだはずの私はどういうわけかまだ生きている。
ダガーの身体に仮住まいさせてもらっている私は、心の中で唱えることで彼女と話ができた。
逆に言うと、この世界に来てからダガーと直接に話したことは朦朧とした夢の中でくらいしかない。
時折やってくる身体の主導権の交替に申し訳なさを感じつつ、私は元に戻る方法を探している。