第5章 風車小屋に隠された秘密〜ダリ村〜
宿に戻ると私達が一番乗りだったらしく、部屋には誰もいなかった。
「ビビには声をかけたから、もうすぐ戻ってくると思う」
ジタンはそう言うと、ベッドの縁に腰を落ち着かせ、ゆるりとしっぽを揺らした。
私も手近な椅子に座る。
部屋の中は相変わらず、天窓からの日差しによって温かな光の粒子で満ちていた。
無邪気な子どもの声が聞こえる。
地球でこんなにゆったりした時間を感じることはなかった。
私がそこそこの都市部に住んでいたこともあるかもしれないが、私の住む日本の人々というのは、皆何かに追われているようだった。
列車に乗り遅れないように、せかせかと速足で歩く。
一つの流れが存在して、その流れからはみ出さないように懸命に生きる。
そんな生き方に嫌気が差していたわけではないけれど、この穏やかな農村にいると、自分は本当に別世界にいるんだなとひどく感じる。
ジタンの背後で揺れる尻尾が、再び目に入った。
「ねぇ、ジタン」
「なんだい?」
「ジタンのことを教えてよ」
「えっ、オレのこと?」
ジタンは組んでいた腕を下ろして、グローブをはめた指でポリポリと頬をかく。
「いいけど……ダガーはオレのことが気になるの?」
私が頷いてみせると、
「そうか……」
と呟いたジタンは、
「よしっ!」
と立ち上がる。
「いいぜ、なにから話そうか。オレがリンドブルムでモテモテな話でもしようか?」
「ジタンはリンドブルムに住んでるの?」
「ああ、タンタラスは劇団としての活動もしてたからな。リンドブルムの劇場街でよく劇を披露してたんだ。オレはそこの看板俳優さ!」
腕を大きく広げ、ジタンは笑ってみせる。
だけどすぐに
「元、だな」
と言い直した。
「時計台の中にタンタラスのアジトがあってさ、普段はそこで暮らしてるんだ」
「時計台の中で!?」
びっくりして腰を少し浮かせた。
時計台って、中で暮らせるものなの?
時計台自体を見た事のない私には、想像も及ばない。
「お昼には時計台に付いた鐘が鳴って、リンドブルムの人達はその鐘の音を合図に昼の休憩をとる。アジトからの景色っていうのが、これがまたなかなか良くてさ……まあ、城からの景色のが見晴らしはいいだろうけどな」