rain of fondness【黒バス/ナッシュ】
第18章 rain of fondnessⅦ-2
『・・待ち合わせか・・・フン・・ッ。おいおい、三十分後じゃねえか・・・残念だったな?遅れるどころか、行けなくなったことすらもおまえは連絡できねえよ。そら・・・来い』
『な・・・っ、・・!いや・・・』
謝っても、その先にありがちな返答はない。
それどころか掴まれた手に力を込められて、名無しは痛みを感じながら思わず腕を引いた。
一度ぐっと掃っても解放されなかったのは、男の握力もさることながら、その手がとても大きかったからだろう。
まるで捕らえた獲物を離すまいとする、獣と形容するに足りるその獰猛な眼差しが名無しの脚部をがたがたと震わせ、履き慣れている筈のヒールは、俄かに踵が痛んだ。
名無しが男と目が合ったとき、そして言葉を交わして少し経ったときに気付いたのは、何処かで見た顔であったということ。
その何処かが数秒後に確信に変わった時、一番に過ぎったのは身の危険ただそれのみ。
たとえ一方的でも、あるいは本来知った顔であるならば、普通は安心できるものかもしれない。
その安心のひとかけらも持てなかったのは、男が自分の毛嫌いしていた種の人間だったことが大きく影響していた。
記憶にある、他の人間と束になっていた光景なども、名無し自身がどうしても受け付けないと思ってやまないものだったのだ。
だからこそ、出会うことなどまずありえないと思っていた相手に出会ってしまって、そのきっかけが最悪だったことは、彼女に相当な心労を齎していた。
手を離そうとしない男の・・・ナッシュの目に、名無しは腹の内まるで、服従心にも似たような感情を植え付けられていた。