rain of fondness【黒バス/ナッシュ】
第3章 rain of fondness3
「・・・・・・」
口を閉ざさずにガムを噛みながら、不敵に笑って近付いて来るのもチーム柄なのだろうか。
名無しは自分の存在が割れていないとはいえ、なんとなく顔を伏せながらその場を避けようと思い歩幅を広げると、すぐさま立ち去るモーションに入った。
屋内アリーナの会場と違って、選手とギャラリーの距離の近さは歴然。
ゆえに、少しでも抱いた危機感は、自分で尊重し回避するしか他なかったのだ。
「・・?――え・・・」
「・・・―――」
近さゆえ、どこでどう巻き込まれるか分からない。
特にシルバーは、又聞きでも、女性関係にいい噂はなかった。
絡まれる前に逃げ出そう。
人ごみの中から抜け出ようと思ったそのとき、下を向いていた名無しはふと、直感でその瞬間に顔を上げた。
「・・・・・!ナ・・・ッ」
どきどきと、とてもうるさく感じた心臓の音。
それは対角線上に居た、自分がその背を追っていただけの筈だったナッシュが、いつの間にかこちら側を見ていたゆえに起きた動揺だった。
少し離れた位置からでも、その緑色の瞳が名無しの存在に気付き、紛うことなく彼女を捉えていたのだ。
「ッ・・・」
遠すぎたために、その場その一瞬で互いに出来たのは、ただのアイコンタクトのみ。
とはいえ、ただの視線が合っただけのそれは、少なくとも名無しにとっては十分すぎるほど嬉しいものだった。
二週間ものあいだ離れていた分、そんな行為だけですらありがたく感じる。
すぐ近くでは、シルバーと女のやりとりはまだ続けられていたことだろう・・・。
ナッシュと視線が重なってからは、まるで気にもならなかった。
名無しはナッシュに、自分の存在に気付いてもらえた、そのあまりの驚きと嬉しさに、まずは表情を崩さないよう必死に立ち振る舞った。
そして暫く見つめ合ったのち、落ち着いてその場を去った。