第10章 手の温もり一期一振
ひゅうがを横抱きにしたまま、一期一振は稽古場へと足を進める。
この廊下を進めば、稽古場はすぐそこだ。
一期一振は目的地が近づき、歩みを速めようとしたがひゅうががそれを制した。
「一期一振、そこを右手に行って、稽古場裏の林を抜けて欲しいの」
てっきり稽古場に行くと一期一振は思っていたが、そうではなかった。
「主……ここを進むのですか?」
「そう、手を貸すって言ったでしょ?」
目の前にある林は人が通るには険しく、何故ここを抜けねばならないのかと一期一振は理解に苦しんだ。
だが手を貸すと言った手前、通らないわけにはいかない。
「主、しっかりと私に掴まっていてください」
一期一振は腕の中のひゅうがをより一層強く抱くと、小枝が彼女の顔や身体に当たらないように慎重に歩を進めた。
だが、険しいのは最初のうちだけで、しばらく進んで行くと、整備されたかのように人が通りやすく道が出来ていた。
おそらく、ひゅうがが何度も足を運んでいるのだろう。
林を抜けると、椿の生垣があり、赤く鮮やかな椿が咲き誇っていた。
生垣は何かを囲うように作られており、一期一振は生垣に沿って進んで行く。
「そこから中に入れるから、そのまま進んで」
この中に一体何があるのだろうか。
生垣の中へと足を踏み入れると、その光景に一期一振は目を見張った。
「主、ここは……?」
ひゅうがは身じろぎすると、もう立てるからと行って一期一振の腕の中から降りる。
「ようこそ一期一振、ここは秘密の場所。私の秘密の庭だよ」
ひゅうがは一期一振に振り返ると、悪戯っぽく笑った。
その笑みに、一期一振の胸が早鐘を打った。