第14章 花と鯰 鯰尾藤四郎
「一期一振、落ち着いて聞いてほしいのだけど……」
束の間の静寂を打ち消したのは、ひゅうがだ。
落ち着いてほしいという前置きをしたが、無駄だったようだ。
一期一振はハッとした表情をした後、何も言わずに鯰尾の首根っこを掴む。
「あの、一期一振……」
普段、穏やかな人が怒ると怖いというのは本当らしい。
大きく声を荒げたりはしていないが、表情がとにかく怖い。
何故か、ひゅうがまで怒られるような気がしくる。
「一体何故このようなことに……」
一期一振は怒りを溜め込んだような表情で鯰尾をひゅうがから引っぺがす。
ひゅうがが体を起こそうとすると、その姿をみた一期一振は目を見開き、顔を真っ赤に染め上げる。
「えっと……私が転んで、鯰尾が助けようと……」
急に押し倒されて、色々されそうになりました。
真実はこうだが、話したらいけない気がした。
一期一振のあの表情、鯰尾は無事ではすまないだろう。
「転んだだけでは、そのように着物は乱れませんっ!!」
一期一振はひゅうがから目を背けた。
ひゅうがは自分の姿を見ると、乳房が見えそうなくらい、前の合わせがはだけていることに気付く。
「ぁっと、これは……」
一期一振と加州、どちらがこの場を上手く諌められただろう。
この場にどうか加州がきませんようにと思いながら、ひゅうがはどうこの場を収めるか考えていた。
「俺が悪いんです。俺、思い出を作りたくて。主との……それっていけないこと?」
緊迫感の中、口を開いたのは鯰尾だ。
静かに、ゆっくりと話し出した彼の表情は、今にも泣き出しそうだった。
「前の主も、記憶も失って……だから新しい主に会えたのが嬉しくて。でも、全部俺がいけないんですよね……主、すみません」
「鯰尾……」
鯰尾の瞳から涙が一筋流れると、一期一振はそっと彼の頭を撫でる。
そしてギュッと抱きしめた。