第6章 近づく
「美しいな」
「先程の仕返しですか?」
本気にしない顔で、ひいろが微笑む。
無防備に向けられるその微笑みが、どれ程男を悩ませているか、全く感じていないのだろうな……
俺がそんなことを思いながら、頬から白い首筋へと指先を這わせ様とした時、ハッとしたように番頭が声を上げる。
「おっ、お美しいです、ひいろ様!光秀様とお二人で、まるで美人画のような……思わず見惚れてしまいました!」
思わぬ大声に、ひいろが驚いた顔になり、俺は手を引っ込める。番頭は、その後も火が付いたように喋りだし、俺とひいろにこれでもかと言うほどの世辞を並べ立てた。見かねた女中頭が間に入り、俺とひいろはやっと解放され、夏祭りへと出掛けることとなった。
~~~~~~
隣を歩くひいろは、楽しそうに店を覗いては俺に報告する。少女のように眼をきらきらとさせたり、店の呼び込みの世辞を軽くかわしてみせたり、普段見ることのなかったひいろの姿に、柄にもなく口元が緩む。
ひいろが近付いては離れる度に、ひいろの香りが俺を包む。
手を伸ばせばすぐそこにいるのに、伸ばせずにいる俺の指先は、ひいろの頬を離れた後、その温もりを残したまま行き場をなくし、焦れた想いだけが燻っていた。その想いに今はまだ名を付けてはいけないと、頭の中で誰かが止める。