第1章 はじまり
俺の言葉に、はっ!としたようになり、吉右衛門は静かに座り直す。隣でひいろが、くすくすと笑いだす。笑った顔は、少し幼く見えた。
一呼吸おき、俺の眼を見ながら吉右衛門が一気に捲し立てる。
「光秀様。私は人として、あなたに惚れております。汚ない仕事を己で被り、ひょうひょうと何も感じぬかのように振る舞われ、いつも涼しい顔をされている。その実、人に対して細やかな気遣いができる優しさを持ち、心の奥底に熱き思いを隠されている。」
「吉右衛門……俺について、随分と買い被りすぎだな。」
「そうでございましょうか?私の眼は節穴ではございません。」
暫く互いに見つめ合い、どちらともなく笑みを溢す。
そんな男二人の様子を、ひいろは顔を上げ、少し口元を緩めるようにして見ていた。
「……ふっ。俺の絵など売れんと思うがな……。」
「では、よろしいのでございましょうか?」
「御館様もご存じのこと、ならば仕方あるまい。」
「ありがとうございます。」
「だが、俺も男だ。安全とは限らんぞ。」
「ふっふっふっ。大丈夫でございます。それにひいろは、なかなか手強い娘にございますから。」