第23章 願い
赤髪と口に出したからか、今度は殺気を隠そうともせず、一ノ助の眼差しは鋭さを増した。そして、その含みのある物言いに、赤髪へのなおも募る底知れぬ怒りを感じ取れた。
幼いひいろの背を斬った男。
命を奪いかけた男。
その事が一ノ助自身に、どれ程のものを与え続けているのか…
僅かな間をおき、眼鏡を直した一ノ助は何時ものように、表情も気配も隠してしまった。
「では、光秀様。今は何もできることはありませんので、しっかりとご休息をお取りください」
「ほう、役立たずは静かにしていろということか」
「私と同じように、光秀様も姫様やひいろの為にできることはありません。ならば、休める者は休み、備えるのみです」
「備えるのみか…ならば、お前もここで備えているのか?」
「はい。先程、家康様が言われたように、信長様の命を受けておりますから、お二人を取り戻すまではここにおります」
「俺をおいては…」
「行きませんよ」
先程の殺気に確かめてはみるが、一ノ助は言葉通り動き出す気はないように見えた。
「…ひいろの側に付いていなくていいのか」
「…あの子は強い子ですから」
「そうか」
小さく頷く一ノ助は、表情を変えることはなかったが、僅かに声が揺れた気がした。
表情を隠したその奥に、どれ程の思いを抱え込んでいるのか…。どれ程己に言い聞かせ、俺とともにあの場を離れたのか…。
近付いてくる気配を感じ、ふと浮かんだ問は深くなる前に手放した。