第23章 願い
眼を閉じたままのことねとひいろを残し、一ノ助に続き座敷を出る。背に感じる二人の息づかいにわずかな未練を残し、先を行く一ノ助の後へと続く。
座敷の音が届かない程度に離れた頃合いで、静かな歩みのまま前を行く一ノ助に問いを投げる。
「それで、何があった」
ひたりと足を止め、一ノ助が振り向く。相変わらずの無表情だが、その気配に少し驚きが感じ取れた。
「なぜお分かりに?」
「なぜだろうな。ただ、お前の気配を察するに…赤髪か」
返事はないものの眉間に一瞬皺を寄せる姿をみれば、それが答えなのだろう。
「こちらを」
表情を戻しそう言いながら、一ノ助が折り畳まれた紙を差し出す。特徴のある折り方を見れば、それが家臣からのものだと分かる。
「こちらに御通しすることは、控えさせて頂きましたので」
一ノ助の声を聞きながら、紙を開き目を通す。書かれた文字を読み終わり、一ノ助に眼をやる。
「こちらは片眼を潰されました」
「そうか。こちらは片耳を切り落とされたそうだ」
一ノ助の眼の色が強くなる。
「お前も赤髪をつけさせていたか」
「はい。ですが、しくじったようです」
「こちらもだ」
「…眼と耳ということは」
「探るなということだろう」
「はい。殺さぬところを見れば、これ以上の争いは起こさぬと…」
「あぁ。今はそれがいいだろう」
「…今は…ですね」