第23章 願い
先程までの殺気立っていた家康とは違い、いつもの冷静さが見えはじめてきた。
今の家康ならば大丈夫だろう。必ずひいろの命を離しはしまい。
ならば俺は俺に見合った場所へ行くのみ。
「家康、頼むぞ」
「わかってますよ」
俺の言葉に家康が強い眼で答えるのを見て、頷き立ち上がる。動き出そうとする俺を制するように家康の声が届く。
「あの人に頼まれてること、忘れてないですよね」
「…無論」
「なら、二人が目を覚ますまでは、何処かへ消えないで下さいよ」
「お前がいれば十分だろ」
「…十分じゃないですよ」
いつになく強い口調で俺を止める家康の真意が掴めぬまま、それでも足を止めた俺に更に家康が続ける。
「一ノ助、その人のこと捕まえといて」
「承知しました」
「随分な言いぐさだな、家康」
「何とでも言って下さい。ただ、ちゃんと二人を取り戻すまでは、ここに居てくださいよ」
そう言って口を閉じた家康に、「何故」と問う前に一ノ助が深く頭を下げる。
「光秀様、ひいろの為にもお願い致します」
それに合わせるように、まわりにいた者達も頭を下げる。
「…分かった。目を覚ますまではいよう」
小さく息を吐き答えると、納得したのか頭を上げ、それぞれに動きはじめる。
「光秀様、ご案内致します」
涼しい顔をしてそう言うと、一ノ助が立ち上がる。
「お前はついていなくていいのか?」
「私ができることは、ここにはありませんから」
そう言った一ノ助の眼差しが、一瞬揺れるがすぐに元に戻り、俺へと向けた時には違う色を浮かべていた。