第23章 願い
「御用意、整いました」
「どうぞこちらに」
問いかけに隣から声が聞こえると、娘達は丁寧に頭を下げ、ゆっくりと襖を開けた。
隣の部屋ではことねとひいろが布団に寝かされ、先程の男と娘が湯で二人の顔や手を拭っていた。二つの布団の間に白髪頭の小さな翁が座り、二人の様子を見ながら指示を出していたが、俺達の顔を見ると居住まいを正し、他の二人も手を止めそれに続いた。
「明智光秀様、徳川家康様、此度はいろは屋ひいろを無事に連れ帰り下さり、誠にありがとうございました」
三人が揃い頭を下げる。
「……無事なんて、言えるの?」
「命があり、身体のどこも欠けていない。ですので、無事でございます」
冷たく言い放った家康に、人の良さそうな笑みで翁が答える。
「家康様。この者は医薬の心得があり、幼き頃からひいろを診ております」
「そう。でも今日は俺が診るから」
一之助の声に短く答え、家康はことねとひいろとの間に進む。翁が少し後に下がり場所を空けると、その場に腰を下ろし小さく一礼を返す。そしてすぐにことねの額に手をやり、その手を首筋にと滑らせる。
「少し熱っぽいけど、良く寝ている。……この匂い、何か使った?」
「独活と枸杞子を煎じたものを少し飲んで頂きました」
「…そう」
「はい。他にも必要なものがありましたら、ご用意いたしますが」
「いや、それで大丈夫」
そう答えると、ことねの首筋から頬へと指先を移し、優しく一撫でする。