第19章 動く
「主様が何を思いどう動くかは知りませんけどねぇ。嬢の心を壊すようなことだけはしないで下さいよぅ」
「どういうことだ」
「どういうことでしょうねぇ」
「…………」
無言のまま暫し女と視線を交わす。微笑むように向けられる女の瞳はその表情とは裏腹に、何か強い意味を含むように鋭い光を宿していた。その意図が掴みきれないまま、それでも薄い笑いを返してやる。
先に視線をそらしたのは女の方だった。大きくため息をつき、自分のうなじ辺りを軽く撫でる。
「さて、仕事の話をする前に主様は湯でもつかって下さいな。そう男の匂いをさせたままじゃぁ、あたしが堪らないからねぇ。それとも、このままあたしに抱かれてからにしますかぃ?」
「悪いがお前を抱く気にはならないようだ」
「残念だねぇ、こんないい男を前にしておあずけになるなんてねぇ」
くくくっと小さく笑うと、俺に立つよう促し乱れた長襦袢を着せ直す。着せ終わると女は部屋の外に向け手を二度叩く。程なくして襖の前に人の気配がした。
「主様のご案内を」
女が声をかけると襖が開き廊下に小女が控えていた。
「さぁ、主様。もう何も仕掛けちゃありませんから、ゆっくり湯につかってきて下さいなぁ」
そう言いながら俺の耳元に口を寄せ、小さく囁いた。
「主様の全部、飲み込んであげたかったんだけどねぇ」
その声に女の顔を見るとあだっぽく見つめ返される。
「さぁさぁ、ぜーんぶ流してきてくださいなぁ」
そう送り出され、俺は部屋を後にした。