第19章 動く
……ひいろ
鼻先を通る香りがわずかに変わり、乱されていた思考が整いはじめる。確かにひいろの香りがした。いるはずのないひいろの香りが。
身体の熱が冷める感覚がして、急ぎ目隠しを取ると俺のものを咥えこもうと口を開く女と目が合う。何か感じたのか女が身を引こうとした瞬間、その喉元を右手で握り捕らえ、身体を引き上げる。
「お前は何者だ。返答次第では……」
そう低く言い喉元を絞める力を強めるも、女は怯えることも驚くこともなく、むしろ面白いものでも見るような顔をした。
「番頭さんの使いですよぅ」
「いろは屋か」
「ご名答」
あっさりと答えた女をそれでも少し用心深く離すと、女は首元を軽く擦り小さく笑った。
「俺がここへ来るとなぜ分かった」
「さぁねぇ。あたしはつなぎをつけるだけが仕事だからねぇ。他のことは知らないよぅ」
そう言うと女は立ち上り、背を向けて襦袢をまといはじめる。
「番頭さんに聞くといいですよぅ。この香りで気がつきなさったのなら、主様はあたしらに近い所にいなさるようだからねぇ。嬢を知ってなさるなら尚更にねぇ」
「……ひいろのことか」
肩越しに振り向いた女が意味ありげに視線を投げる。