第1章 はじまり
「さて、吉右衛門。俺になんのようだ。ただの挨拶という訳ではあるまい」
「さすが光秀様。お察し頂きありがとうございす。是非ともお引き合わせさせて頂きたい者が居りまして」
「ここで人に会うとは珍しいな……俺は構わないが」
その言葉を聞くと吉右衛門は、俺に一礼し襖の外へ声をかける。
「お入り」
襖が開き、女が一人入ってくる。
一礼した後、俯いたまま吉右衛門の隣に座り、居ずまいを正し、顔を上げて俺を見る。
「ひいろでございます」
凜とした声で名前だけ言うと、一礼してすぐに吉右衛門の影に入るように少し下がって座り、また俯く。
女は、地味だか上質の着物と帯を身に付けていた。真っ黒の髪は、良く手入れされているようで艶やかだが、結い上げることもなく、肩の下で揺れていた。前髪は眉の上で切り揃えられ、俯いてはいるがその顔がよく見える。化粧もしていないその顔は、幼くもあるが、女としての色も感じさせる、不思議な魅力を発しているようだった。
(こういう女が化粧でもすると、ひどく化けるのだろうな)
そんなことを考えながら、にこりともしないその女の、ただ一瞬見えた瞳の力強さに、俺は興味を覚えていた。