第1章 はじまり
「光秀様、こちらが御要望の品でございます。」
目の前には、人のよさそうな笑顔を浮かべた大番頭の顔と、御館様が希望された南蛮の書物や珍しい陶器が並んでいる。
ここは『いろは屋』という、書物や絵などを取り扱う問屋の離れである。ここの主は顔が広く、珍しい品や南蛮の品などの他に、客の要望とあれば、ほの暗い情報や小さな噂話まで、欲しいものを色々と集めてくれる。そう色々と…… 俺には都合のいい場所である。
「御館様もお喜びになるだろう。いつも苦労をかけるな。」
「いえいえ、勿体ないお言葉でございます。こちらこそ、いつもありがとうございます。本日は主が、ぜひ光秀様にご挨拶させて頂きたいと申しております。」
その言葉を待っていたかのように、襖の向こうから声がかかる。
「主の吉右衛門でございます。光秀様、ご挨拶させて頂いてよろしいでしょうか?」
「あぁ、入れ。今その話をしていたところだ。」
「では、失礼させて頂きます。」
そう言って、襖を開けて主の吉右衛門が姿を表す。恰幅のよい身体に、人のよさそうな笑顔を浮かべて、俺の前に座り挨拶をする。
「光秀様、東の方の小蝿は静になったようですね。そのまま北の鼠も巣に戻るとよろしいのですがね。」
「あぁ。相変わらず耳に届くのは早いようだな。」
「ありがとうございます。」
一瞬、吉右衛門の眼が力を増すが、すぐにまた人のよさそうな笑顔に戻る。
「変わりないようだな。」
「光秀様も。」
二人にだけに伝わるような、静かな笑みが互いの顔に浮かぶ。