第19章 動く
いろは屋の情報通りに ことが運ぶ。
ただ指定された二つの店は接触することはなく、双方共に荷が運ばれ移動しただけ。表だった外部からの出入りもない。時を選んでいるのか、だとすればかなり慎重に動いている。やはり二つを繋ぐ部分に、目指す男がいるのか。各所から上がる報告を聞きながら考える。
餌を撒いていると言っていたいろは屋からは、数日たつが特に連絡はない。あちらはあちらで動いているのだろう。
通りの喧騒から離れ、静かな隠れ家の中で用意された酒を口にする。鼻にぬける香りが、いつかの光景を思い出させる。
風に舞う黒髪が、誘うよう落ちる白い肌。強く俺を射ぬく瞳。そう、これは……。
「この酒は?」
酒の肴を持って来た者に声をかける。
「お気付きになられましたか、そちらは本日安土から来た者が持参いたしました。香りの良い酒だと、光秀様が話されていたからと」
「そうか、ご苦労だったな。……皆にも振る舞ってやれ」
「ありがとうございます」
香りの良い酒。
確かにその通りだが、この香りは押し殺していた思いを呼び起こす。思い出した所でどうしようもないことだが、ただ胸が少し騒ぐ。
残っていた酒を呑み干し、立ち上がる。途中、廊下で会った者に出掛けることを伝える。
部屋で一人あの酒と過ごすのは、何となく避けたかった。あの香りは、僅かに知ってしまったあの肌のぬくもりを思い出させるから。
暗くなり始めた空を見上げ、小さくため息をつき歩きだす。微かに残る酒の香りをかき消すように、足早に町の雑踏へと歩みを進めた。