第17章 離れる5【光秀編】
「さて、それはそれとして……」
そう言うと大番頭がぱんぱんと手を叩く。程なくして襖が開けられ、女中が酒を運んでくる。
「話は終わりと言うことか」
「そうでございますね。こちらの話はこれまで。今はあちらが食い付くのを待つ時でございます」
「そうか。で、こちらが終わりということは、次があるということか」
「さすがでございます、光秀様。では、どうぞ一献」
そう言うと大番頭は俺に杯を持たせ、とくとくと酒を注いだ。なにか魂胆があるのだろうと思いつつ、一気に酒を流し込む。香りの良い酒だった。さらさらと胃の府に流れ落ちる、喉ごしも良く後に残る香りが何かを思い出させるようだった。
「いい酒だな」
「お嬢様が選びました」
「ひいろが?」
「はい」
ふわりとひいろの香りがし、黒髪が風に揺れるのが見えた気がした。ふっ、と小さな灯りがともったかような妙なあたたかさが胸の奥に広がる。
「今まで絵を描かせて頂いた、お礼とのことです」
「礼、か」
「はい」
「もう、終いでよいということか」
「はい」
「そうか」
空になった杯に大番頭が酒を注ぐ。その酒を飲み干すも、先ほどのように胸の奥にあたたかさが広がることはなかった。ただ、ひいろの香りが増すだけだった。