第17章 離れる5【光秀編】
聞き慣れた声は、大番頭のものだった。
「お越し頂きありがとうございます。本日は主が遠方へ出向いておりますため、私がお相手させて頂きます」
人の良い顔でそう挨拶され、奥の座敷へ通される。すぐに茶が用意され大番頭が席に着くと、襖が閉められた。
「本日の相手は番頭かと思っていたがな」
「その予定でおりましたが、急な仕事が入りましてお嬢様に付き添っております」
「ひいろは……体の具合はもうよいのか?」
「ご心配頂きましてありがとうございます。長引くものではなかったようで」
「そうか、ならば良かった」
ひいろの名を口にしただけで、小さく鼓動が跳ねる。自分自身を誤魔化すように茶を口に含み、ゆっくりと飲み干す。
「お嬢様は、小さき頃はよく熱を出しておりました。此度は久方ぶりのことでしたが、初めての登城と皆様にお会いすることが、余程楽しみだったのでしょう」
「そうか」
「はい」
穏やかに答える大番頭の表情は何も変わらないが、何となく見透かされているような気がして、落ち着かなくなる。
「光秀様」
「なんだ」
「若いというのは、良いものでございますね」
「なに?」
「迷うということは、良くも悪くも人を育てます。若いうちに迷いの中に身を投じることは、良いことにございますよ」
「何のことだ」
「ほほほっ。この爺に比べれば光秀様はまだまだお若い。年寄りの世迷い言にございます。さてさて、お喋りが過ぎました。どうぞお許し下さい」
そう言うと、大番頭は丁寧に頭を下げて見せた。