第16章 離れる4【家康編】
不意をつかれた口づけに、思わず狼狽える。それに加えひいろの香が女を主張しはじめ、思わずこくりと生つばを飲み込む。
「家康様……もっと私を知って、私を欲して下さい」
「どうしたの…」
艶やかさを増すその瞳から目を離せなくなる。
「殿方を好きになるのは初めてですが、何も知らない小娘ではありません」
「ひいろ?」
「私は家康様が思っているような女子では、きっとありません。絵師として花街に出入りし、人様の色恋、欲の近くに身をおく者。自分の中にどんな欲があるかも知っています」
「よ…く……」
「ことね様のようにしとやかでも清らかでもありません。でも、それでも、家康様にはもっと本当の私を知って、私を見て、私のことを欲して頂きたいのです」
「ひいろ……」
「家康様にもっと触れたい」
繋いでいた手が解かれ、ひいろの両手が着物の上から俺の胸の辺りに優しく触れる。その手は微かに震えていた。
「もっと、家康様のことを知りたい」
どくりと、心の臓が大きな音をたてる。早る鼓動を震える指先で感じ、ひいろは何を思うのだろう。
ひいろに離された手がそのぬくもりを求め、その肌へと指先を伸ばした瞬間、すっと、ひいろが後ろへ下がり俺から離れる。