第16章 離れる4【家康編】
「家康様?」
ひいろの声に我にかえる。
何考えてんだ俺……
「……あぁ、ごめん。この先は階段が多くて危ないから下まで送る……よ……」
言い終わる前にふいに強く手を引かれ振り向くと、怒ったようなひいろの顔。その顔が瞬間的に近づき、唇の横に柔らかな感触がした。
思考が止まる。
間合いを詰められたまま、胸の中にひいろがいる。俺の顔を見上げる、強い瞳に射ぬかれる。
「家康様」
「なっ、なに……」
「私は子供ではありません」
何度か聞いたこの言葉。そう、ひいろは自分が子供扱いをされることを嫌がるんだった。
「今は熱があるから……」
「黙って……」
俺の言葉を遮り、ひいろが俺の手をまた強く引く。引き込まれるように屈んだ瞬間にひいろが背伸びをして、先程とは反対側の唇の横に口づけをした。唇に触れるか触れないかの所にまた柔かな感触がする。
驚いてひいろの顔を見ると、その瞳は先程とは違い、濡れたような憂いを秘め、軽く開かれた唇は艶を纏っているようだった。
「いつぞやのお返しです」
「なっ……」
雨宿りの時の記憶が甦る。
あの日俺はひいろに口づけをした。
雨の中、その唇に。