第16章 離れる4【家康編】
「ありがとうございました」
薬湯を飲み終えたひいろが、茶碗を俺に返しながら立ち上がる。
「何?」
「少し外を……」
そう言ってひいろが襖を開けた先にある庭木に、鴉が一羽止まっていた。
「カアァ」
何かを待っていたかのように一声鳴くと、隣の座敷へ続く襖がするりと開く。
「そろそろ頃合いかと」
「はい、ちょうど」
すっと入ってきた一之助の言葉に、ひいろが答える。
「何がちょうどなの?」
「迎えが参りました」
ひいろの答えに付け足すように、一之助の言葉が続く。
「家康様が薬湯の準備をして下さっている間に使いを出しましたので。ちょうどつく頃合いかと」
そう言うと一之助が俺の前に座り、その隣にひいろも座る。
「この度はお嬢様のこと、ありがとうございす。薬まで用立てて頂き、御迷惑ばかりお掛けしてしまい誠に申し訳ございません」
一之助が頭を深々と下げると、ひいろもそれに続く。
流れるように続く二人の所作が、二人の距離が近いことを表しているようで、胸の奥の何がじくりと動く。
「別に、具合が悪かったんだから当然のことだけど」
「ありがとうございます」
そう言って顔をあげた一之助は、相変わらず表情の読めない顔をしていた。でもその眼が、ひいろの間に起こった事を全て見透かしているようで、何となく俺は視線を外していた。