第16章 離れる4【家康編】
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座敷の中には薬湯の香りが広がり、絵を描き終えたひいろがゆっくりと筆を片付けている。
さっきまで番頭の一之助が一緒だったが、書き上げた絵を手に隣の座敷へと消え、今は俺とひいろだけ。
髪を一つに結わえ強い目をして迷うことなく筆を走らせていた面影は影を潜め、一仕事終えたその顔は柔らかなものとなっていた。
その横で俺は薬湯を作っている。
あの後、秀吉さんの計らいでひいろはことねに謝罪し、絵を描く許しを得た。勿論ことねはそんな大袈裟には考えておらず、ひいろの体の調子が悪いということを聞いて、それでも絵を描くと言うひいろをひどく心配した。そこをなんとかなだめ、秀吉さんが隣の座敷へと連れていった。きっと秀吉さんが皆に上手く話してくれているだろう。
入れ違いの様に入ってきた一之助は、俺の話に頷くと軽くひいろを叱り俺への謝罪と感謝を表した後、全て分かっているかのような顔をして、すぐに絵を描く支度をはじめた。
少し拗ねたような仕草を見せながらも、ひいろはとても安心したような甘えるような顔をした。
俺には見せない、全てをあずけているような顔。
面白くないと思うのは、さっきひいろに言われた言葉のせいなのか………
それとも、俺の心の奥底で形を成そうと動くもののせいなのか……
小さくため息をつく。