第16章 離れる4【家康編】
「……ただいま」
光秀さんの声。それに答えることねの声。二人の会話。
聞こえた瞬間襖に伸ばした手が止まる。ひいろにも届いたのだろう、俺に取られていただけの手に力がこもる。
「ひいろ……」
ことねと対面するのが気まずいのかと思い、声をかけようと振り向いた俺の目に映ったのは、驚いたように目を見開くひいろの姿だった。
視線を感じたのか、ひいろは一瞬ひどく辛そうな顔をしてすぐにそれを消した。そして、小さく下唇を噛んだ。
「……ひいろ?」
追い付いた秀吉さんも何か感じたようで、心配そうに名を呼ぶ。その間も座敷の中の会話は続き、二人の声が聞こえる。
「ことはが……いや、ことはや御館様がいるから、俺はここに戻ってこれるのだろうな」
そう光秀さんの声が聞こえた後、ひいろは噛んでいた唇を離し、小さく息を吐いた。
「大丈夫です」
心配して覗き込む俺と秀吉さんに小さく微笑み、すぐに俯いた。何かあるのだろうと思うけどそれも聞けず、秀吉さんと顔を見合わせる。
何かあるとすれば、中にいる二人のことか……
ことねと光秀さんのこと……
光秀さんのこと……
ふつふつと胸の辺りから、何かが顔を出そうとして、じりりとひいろの手を握り返す。