第16章 離れる4【家康編】
「ありがとうございます。こちらで」
元いた座敷に近づくとひいろは顔を上げ、胸の中でそう言って小さく笑った。
その場に下ろすと、半歩後ろを歩いていた秀吉さんがすかさず世話を焼きにくる。
「ひいろ、大丈夫か?苦しくはないか?すぐに薬と水を用意しような。あとは…」
そう言いながら、ひいろの着物を直し、髪を撫でる。その様子は男としてではなく、まさに母のようであり、ひいろは驚きながらも素直に受けていた。
「ありがとうございます、秀吉様」
秀吉さんにも笑って見せているが、辛くない訳じゃない。さっきまで抱き抱えていた俺の手には、ひいろの熱が今も残っている。
「本当に、描くの?」
「はい、絵師としてのつとめです」
俺の声に大きく頷き、大丈夫ですと呟くひいろの瞳は強い光を宿していた。
もう、何を言ってもこの子は曲げないんだろうな
誰かさんみたいに
またそんなことを一人思い、ならば早く絵を描かせてしまおうと思い至る。
「なら、早く行こう」
「はっ、はい」
「あっ、家康」
そう思い秀吉さんの世話焼きが続くひいろの手を取り、座敷に近づき開いていた襖に手をかけようとした瞬間、中から声が聞こえる。