第14章 離れる2【家康編】
「ひいろ……」
答えを出せないまま、それでも何かを伝えたくてその名を口にする。
その瞬間、弾かれたようにひいろが動く。
「いや!」
はっ、とした顔で俺の胸に飛び込むと、熱を持った指先で開きかけた俺の唇を押さえる。
突然の行動と勢いに押され、支えきれず重なり合うようにひいろを胸に倒れ込む。
「何も、何も言わないで!
分かってます、分かってるけど、
でも、もう少し、もう少しだけ、好きでいさせて……」
倒れ込んだまま俺の胸に顔をうずめ、ひいろの震えた声が聞こえる。
「初めてなんです。こんなに人を愛しいと思うなんて……
だから、もう少しだけ……お願い……」
消え入りそうな、それでも耳へと届くその声に胸が軋む。純粋な真っ直ぐな想いが突き刺さる。
「想うことだけ、どうか、許して下さい……」
そう言うとひいろは間をおいて、俺の口を覆っていた指先をゆっくりと離しはじめた。
唇の上を這うように、その輪郭を撫でるように、触れては離れていく指先を俺は静かに感じていた。