第14章 離れる2【家康編】
「胸が……苦しくなるので……」
「苦しい?」
「だっ、大丈夫です」
俺の声が心配そうに聞こえたのか、慌てたように顔を上げたひいろの頬は、うっすらと染まっていた。
ひいろと視線が絡み合う。
潤む瞳、染まる頬、濡れた唇。
少女ような、女のような……もっとこの続きが見たいと思わせるような艶やかな顔。
ふと、祭の時に見たひいろと光秀さんの姿を思い出す。お互いに浴衣を着て、微笑み合っていた二人の姿。
光秀さんに、出会ったから?
光秀さんには、見せてるの?
光秀さんには、ゆるしているの?
光秀さんには……
喉元がぎゅっと絞められるような感覚がして、それを払うように大きく息を吸い、吐き出す。
「なら良かった」
「……はい」
絞り出すように出した俺の言葉に、ひいろはそう答えてまた俯き、小さく開いていた唇を閉じる。そしてまた少し開いては、閉じる。何度か繰り返されるその動きに、目が離せなくなる。
あの日、あの唇に口づけをした。
何かに引き寄せられるように奪っていた。
心の中にはことねがいるのに、どうしても欲しくて気が付いたら、唇を重ねていた。
『どなたかの、代わりでも……
私は、いいのです』
そう言って、泣き出しそうな顔で微笑んだひいろ。
あの時は確かに他の誰かではなく、ひいろが欲しかった。ひいろの唇が。