第13章 離れる【光秀編】
秀吉に促され、先程までことねとひいろがいた座敷に入る。
廊下側の襖が開け放たれままで、時折静かに風が入り控えめに焚かれた香の薫りを運んでくる。
開け放たれ襖の前に赤い毛氈が敷かれ、そこにひいろがいたのであろう、絵皿や筆、そして何枚かの絵が置かれていた。
それに向かい合うように上質な金銀糸の織り込まれた花毛氈が敷かれ、鮮やかな絵草紙や茶菓子等が置かれていた。こちらがことねの席だったのだろう。
向かい合い、二人は何を思ったのか。
家康が片膝をつき跪きながら、ひいろの絵を見ていた。秀吉と共に側へ寄ると、家康が無言で絵を渡してくる。
渡された絵は、着物の柄から髪の毛1本1本まですべて本物かのよう描かれて、とても丁寧な仕事であることが見てとれた。
「なっ……」
絵を手にした秀吉の呟きに、家康が小さく首を振る。俺を見る秀吉の目には困惑が見てとれた。
あるはずのものが描かれず、ただそこに真っ黒な墨がぼたりと落とされているだけだった。何か意図する事があるのかそうではないのか、まわりの絵の繊細さとは似つかわず、ただそれは黒々と落とされていた。
「ともかく、ひいろを探そう。慣れない城で、あいつが心配だ」
「じゃあ、俺はこっちへ」
「頼むな、家康。俺は反対側に行こう。もう一方は、光秀、頼むぞ」
「あぁ」
そう言うと二人は足早に座敷を後にした。
残った俺の手には、秀吉から渡された絵が微かな風に揺れていた。