第13章 離れる【光秀編】
「イチ、お前の望みは叶った。その対価として恥じぬよう、いろは屋の力を見せてもらおう。此度のこと、武将とうたわれる者共を動かすのだ、覚悟はできているのだろう」
俺の声に静かに一之助の口角が上がり、眼鏡の奥の瞳が真っ直ぐに俺を射ぬく。
「お任せ下さい。けして後悔はさせませぬ」
「随分な自信だな」
俺の言葉に一度目を閉じ、一之助は静かに両指先を畳につけた。
「いろは屋総力を挙げきっとお役に立ってみせます故、どうかひいろのこと、よろしくお願い致します」
そう言うと一之助は神妙に深々と頭を下げ、暫く動かなかった。その姿に、この男の覚悟が現れているようで、訳もなく自分のひいろへの思いが浅ましく思えた。
これ程側に自分のことを気にかける者がいながら、ひいろはそれでもなお、自分の存在を否定し続けているのだろうか。幼少の頃の記憶とは、それほどまでにひいろを苦しめているのだろか。
「まずは御館様の役に立て。それからの話だ」
どうにもならない苛立ちを抱えたまま、俺の口はそう答えていた。
言葉とは裏腹に、すぐにでもひいろの元へ行きこの胸に抱き留めてしまいたいと思いつつ、そうできない、そうするべきではないと思う自分がいる。
俺の言葉に皆が俺を見る。家康は俺と目を合わせると更に不機嫌そうな顔をした。
一呼吸おき一之助が顔を上げた瞬間、隣座敷へと続く襖が静かに開いた。