第13章 離れる【光秀編】
「そこで手前共から一つ、ご提案がございます」
静かにだが、場の雰囲気を変えるように落ち着いた一之助の声が通る。
「此度のこと、顕如が幾つもの動きを見せているならば、先に相手の出方を知ることが大きな意味をなすものと考えられます。いかがですか、光秀様」
「で、あろうな」
一之助が真っ直ぐに俺を見る。表情の読めないその顔だが、今は眼鏡の奥のその瞳が、僅かだが熱く揺れているように見えた。
「糸野屋の動きを聞いた今、他にも幾つか目星がついているならば、尚一層そちらのさぐりも深める必要があるのでは」
「ああ」
「その全てを把握し監視下におくことは、人も時もさらに必要なことです」
「その通りだ。急ぎ間者の数を増やす必要があるだろうな」
「ならば、手前共をお使い下さい」
一之助の瞳の力が強くなる。姿勢も表情も変えることなく、俺を見たまま続ける。
「町には町に住む者達がおります。そこに住み暮らす者達は知らない振りをしているだけで、全てを見て聞いております。そこをお使い下さい」
「お前の言うことは分かる。だが、全ての者達の言うことが正しいとは思えん。それに味方とも限らん」
「勿論です。噂話は噂話でしかありません。その点と点とを繋ぎ、意味をなすものとして紐解くのがいろは屋の得意とする所でございます。光秀様も良くご存じのはず。手前共を、いろは屋をお使い下さい」