第13章 離れる【光秀編】
静まりかえった座敷の中、御館様の声が妙に穏やかに聞こえた。
「信長様!?」
秀吉が今度は驚きの声をあげる。それを見て御館様はにやりと笑うと、一之助を見ながら話はじめる。
「俺が大うつけと言われ、もっと自由に暮らしていた頃の話だ。その頃共に過ごすことに面白味があったのがそやつだ。あの頃は互いに箸にも棒にもかからぬ若造であったな」
「そうですね。私はただ、あなたと一緒にいることが楽しかった」
「そうか」
「はい」
御館様と一之助の瞳の色が柔らかくなった気がした。
「つっ、つまり、それは……」
「猿よ、お前と出会う前の話だ」
「そう、ですか……」
秀吉の知りたかった御館様と一之助の関係。秀吉の知らない御館様のこと。それを知る一之助の存在。それを知った今、秀吉は何を感じるのだろう。安堵か嫉妬か、それとも……。なんとも言えぬ表情を浮かべ、秀吉が口を閉じる。
今があるものには過去がある。それが自然なことで、どんなに焦がれても過去の全てを知ることなど不可能なこと。そこに囚われるか、それを認めた上で全てを受入れ前を見るか。秀吉は後者であろうが、それでも隠しきれぬ思いが滲み出るのは御館様に心酔しているからだろう。
ふと、秀吉と目が合う。
ばつの悪そうな顔をして見せる秀吉が、好ましく見えた。どこまで人として可愛い気のある男なのか。これが奴の人たらしたる由縁なのだろうと考える俺は、たらし込まれた一人なのだろう。