第12章 【番外編】揺れる~家康編~
あの日、ひいろに返せなかった手拭いを、会えないまま懐の中に忍ばせ続けている。
いつの間にか、気がつくと確かめるように着物の上から撫でるようになっていた。
そんな俺の行動に、自分のことになると疎いのに、他人のことになると妙に勘の良くなることねが気づいた。俺としたことが誤魔化しきれず、ひいろに手拭いを返しそびれていることを話して聞かせた。
ひいろとの口づけの話などしていないのに、ことねは何かを勘違いしたような、納得したような顔をしてにやにやと笑っていた。
俺の心の中にはことねだけがいたはずなのに、あの日からひいろの顔が見え隠れする。
別にことねと恋仲になれた訳でもないし、誰のことを考えようとも俺の勝手な事なのに、何となく後ろめたく、俺の心は揺れていた。