第11章 揺れる
握ったままのひいろの手が、俺の手の中で、俺の胸の上で、あたたかさを取り戻す。
着物の上なのに、じわじわと、そのあたたかさが胸の中へと染み込むように、ひいろのぬくもりが俺の中へと入り込んでくる。
胸の中で燻っていた青い炎は、いつの間にか姿を消していた。今はただ、ひいろがここにいる。それでいい。
「先程の返事が、まだだったな」
「はい」
「ひいろ」
「はい」
「ただいま」
「おかえりなさい、光秀様」
互いに笑いあう。今はこれでいい。
ひいろが待っていてくれた。そして俺は、今の自分の思いを素直に伝えた。ひいろのいない日常など存在しないことを。
ひいろがどう感じるかは、俺の預かり知らぬこと。その心が、家康の元にあるとしても、今はそれでいい。ひいろの心が自由であれば、それでいい。
ピイーーーツ
羽黒のひと声に、ひいろと天を仰ぐ。
バサバサという存在感を知らしめるような羽音と共に、同じ様に空を仰いでいた御館様達の元に、黒い鳥がおりてくる。
それは一之助の肩へ止まると「カアー」と鳴いてみせた。普通の鴉よりも一回り大きく、首元に数本白い羽根が見える。利口だとみえ、自分の足に結わえてある文を器用にくちばしで外すと、一之助に渡した。
「あれは、黒です」
ひいろが軽く頬笑んだまま、俺の胸から手を離し、一歩離れて御館様たちの方へと向き直る。
ひいろの手が離れた場所が、ひどく冷える気がした。