第11章 揺れる
「だめ……ではないと思うぞ。好いた相手に自分のことを欲してもらいたいのは、自然なことだろ。お前は家康に認められ、求めてもらいたいのだ。お前が家康のことを望むように、相手にもそれを望んでいるだけのこと」
「そういうものなのでしょうか……」
少し考え込むようにし、ひいろがつぶやく。先ほどの濡れた女の顔ではなく、いつもの顔になり答えを探そうと、少し難しい顔をして見せる。
望むように望まれたい。当たり前で素直な欲求だ。純粋な恋というものはこうであったのかと、何故だか懐かしくなる。歳を重ねるにつれ、御館様の側に仕える時が増えるにつれ、心のままに素直に欲求と向き合う機会は減っていった。むしろ向き合うふりをして、適当に消化していたのかもしれない。
ひいろの顔を見て、ふと、そんなことを考えてみた。
ややあって、ひいろが何か思いついたような顔をする。
「では、光秀様の口づけは、何だったのですか?」
瞳に光を宿したひいろが、今度は俺に噛みついてくる。
「光秀様は、やはりお戯れですか?」
少し眼を細め、微笑を含んだ悪戯めいた艶のある表情に、柄にもなく一瞬たじろぐ。