第11章 揺れる
驚いて動きの止まった俺の耳に、「ふふふっ」と笑ったひいろの声がまた届く。
「あの日の口づけの、仕返しです」
そう言うと、ふわりとひいろは俺から一歩離れ、してやったりと悪戯をした童のように笑って見せる。
そわり、と何かに背を撫でられたような感覚になる。
あの日ひいろは、触れるだけの微かな口づけの後、何の反応も見せなかった。気づかなかったのかと思っていたが、人の気配を感じとれる者が気づかぬはずもないかと、今頃になって思い知る。
「仕返し……か」
「そうです。光秀様もお戯れでしょ。だから仕返しです」
「…………も?」
俺の言葉に今度はひいろの動きが一瞬止まる。
「も、と言うことは、他にも口づけした者がいると言うことか」
「いえ、別に、ただの言葉の綾というか……私も戯れというか……」
「ほう、言葉の綾……か。なるほどな、お前は戯れで男になら誰でも口づけするのか。仕返しではなく、戯れでな」
「……いっ、いえ……そうではなくて……」
ひいろがすぐに表情を繕おうとするが、その声や動作に動揺が見える。その後何も言わずに、じっと様子を見ていると、観念したようにため息をつきひいろが口を開こうとして、また閉じる。
御館様達の方を見て、こちらを気にせず話を続けているのを確認すると、声をひそめて話はじめる。